バーナード1世 第2章
1306年 (24歳)
シチリア王・バーナード: さて、現在の世界情勢だが。

兄・オスウルフ: 最終盤になって我々も参加した十字軍が成功したね。
マウレタニアはアラゴン王国が手に入れて、ムーサー朝はアフリカ奥地に追いやられた。
再興はもう無理だろう。

バ: ブルボン公爵がアキテーヌ王国から独立しているな。
兄: ブルボン公爵称号は、エルサレム王のギー・ド・リュジニャンの甥の家系がイングランド王から与えられ、代々受け継がれてきた。
同じリュジニャン家のおかげなのか、継承によってエルサレム王国内の領地も得ていたんだね。
バ: そして独立したところへ、エルサレム王国やピサ共和国、アイユーブ朝の臣下が戦争を仕掛けている。
…エルサレム王国が、そのデジュリ内の領土を回復するのはかまわない。
キリキアにも領土を持つエルサレム王国は、ビザンツの拡大を防いでくれているからな。
しかし、アイユーブ朝の伸長は阻止せねば。
ブルボン公に援軍を申し出よう。
1308年 (26歳)
バ: アイユーブ朝臣下を退けた。
手が空いたことだし、ピサを攻めたいのだが…、ピサの頭領がベネチアやフランスと同盟しているため、うかつに手を出せないな。
1309年 (27歳)
バ: ピサの同盟が切れるのを待っていたら、ピサの頭領め、ブルボン公と戦争中のエルサレム王国へ、町ひとつを求めて宣戦しおったぞ。
義兄上に加勢しよう。
1310年 (28歳)
バ: フランスがピサに加勢したことで流れが変わったか…。
たかが、ひとつの町をめぐる争いに全力で援軍を送るとは。
兄: こうなると、封臣だけの援軍では勝てないよ。
バ: よし、直属軍も出そう。
クレタ島で合流だ。
兄: こういう時、ビザンツの領地を寄港地として使えるというのは便利だね。

1311年 (29歳)
バ: 最終盤になってベネチアまでが参戦するとは。
だが、我々が勝利した。
ベネチアは、分割相続によって分かれたハンガリーとクロアチアの争いのハイエナに忙しく、実際には兵を送らなかったな。

兄: エルサレム王はブルボン公から都市・エルサレムを奪ったね。
首都も移したようだ。
ただ、プランタジネット朝が統一されて、ブルボン公もイングランドに臣従してしまった。
エルサレム王国のこれ以上のデジュリ回復は難しいだろうね。
バ: それにしても、敗戦によってフランスでは小規模ながら内乱が起こっているな。
今、ピサの同盟国はそれぞれの戦争に忙殺されている。
これはチャンス。
今度は我々の番だ。捏造していたピサ領のピオンビーノへの請求権を行使するぞ。
1313年 (31歳)
兄: 難なくピサに勝利したね。
その他、ナポリ公が無事にアナトリア公も継承できて、アナトリア半島にも領土が広がった。
シチリアも大きくなったねぇ。

バ: よし、平和になったし、末子相続制に変更しよう。
これで、複数の王位を持っていても、確実に1人の人間が全てを継げるようになった。
選挙制による柔軟な後継者指名はできなくなったが、イタリアを統一するためにはどうしても必要だ。
まずはサルデーニャ・コルシカ王位を作ろう。
正直、この称号を皇帝が先に作るのではないかとヒヤヒヤしていた。
バ: そしてタイミングよく待望の男子が生まれたぞ!
私と同じくバーナードと名付けよう。

(写真は2年後の1315年のもの)
1314年 (32歳)
兄: ビザンツが、今度はパルミラを求めてアイユーブ朝に宣戦したよ。
バ: むー。
アイユーブ朝は今、ピサに禁輸戦争を仕掛けている。
その横面を殴る形だな。
大国のおごりなど感じさせない周到な戦略。
老獪な皇帝だな…。祖母とはいえ恐ろしい。
1316年 (34歳)

バ: …兄貴、ムーサー朝のチュニスを攻めようと思うが、どうだ?
イタリアのデジュリ外の領土に興味はないが、ビザンツが伸びている以上、万が一の領地没収や独立に備えて領土を広げておかねばならん。
兄: ムーサー朝は十字軍でマウレタニアを失ってからは落ち目だからね。
70年前、若き日の祖父・オズバーン王もムーサー朝からチュニスを奪おうとして惨敗したそうだけど、今度は大丈夫だと思うよ。

1318年 (36歳)
バ: あっけないほど簡単にチュニスを得たな。
その直後にピサの頭領が75歳で死んだので、コルシカ島北部も奪った。

兄: バーナード、た、大変だ!
ビザンツがピサへ禁輸戦争を宣言したんだが、脅威度が58%のため、対ビザンツ防衛協定の参加国が一斉に参戦したぞ!

バ: うう、義兄上も、教皇も参加するのか…。
どういうことだ?慎重な祖母らしくもない。
ビザンツは、セルジューク朝の侵攻に苦しむグルジアにも援軍を出しているというのに。
1319年 (37歳)

兄: 正直、それでもビザンツが優勢だと思っていたけれど、それぞれに傭兵を呼んでいる同盟諸国の軍勢がビザンツを圧倒しているね。
バ: くうう…。
ルーシやブルガリアも防衛協定側で参加しているが、主戦場がイタリアである以上、これは実質、カトリックと正教の戦いだ。
俺としては協定側に加勢したいが、システム上それはできん。
バ: 帝国内のピサの居留地を没収して、帝国は何を得られる?
わずかな金と威信ではないか。
そのために多くの国が戦争に巻き込まれ、イタリアが荒らされ、我らの領地・ピオンビーノが攻め落とされるのを指をくわえて眺めることしかできないとは…!
バ: もう我慢できん。
帝国の元帥の職を辞す。
独立の派閥を立ち上げよう。
何もしないでは、カトリックの守護者としての我らの面目は丸つぶれだ。
教皇に顔向けできん。
兄: うん…。
防衛協定の存在を当然知っていたはずの皇帝が、無理を通して宣戦したのは、ビザンツの力を過信したのかもね。
帝国の宮廷内で、気づかないうちにおごりと緩みが広がっていたのかもしれない。
それを諌める意味でも、王権低下の派閥にも加わろうよ。

1320年 (38歳)
バ: ビザンツが敗北したな。
独立派閥にはリカンドス伯1人しか参加していないが、派閥の勢力は180%を超えている。
すぐにでも独立したい。が、今はできない。
10年前からクロアチアとハンガリーが戦争しているが、そこにベネチアがハイエナした時、クロアチアと同盟してベネチアを追い払った。
その後、ハンガリーとの戦争にも加わることになったのだが、この戦争がいまだに終わらず、「平和状態」ではないので主君に最後通牒を突きつけることができないのだ。
なんということだ…。
兄: どのみち、今はまだ決起しないほうがいいと思う。
もっと言えば、独立派閥をいったん解散したほうがいいよ。
バ: 兄貴、臆病風に吹かれたのか?
兄: そうじゃないよ。
派閥の参加者が少なすぎて、このまま決起するのは危険なんだ。
バ: うーん、まあ予想外ではあったな。
皇帝の一族・アンゲロス家の公爵が多いせいなのかな…。
兄: 今は皇帝軍は消耗していても、すぐに回復するよ。
そうなると、防衛側の皇帝が有利だ。
これをくつがえすには、こちらの戦力を倍増させるしかない。
バ: どうやって?
兄: 派閥の首謀者ではなく、参加者になるのさ。
そうすれば、派閥のリーダーが私達から動員する軍とは別に、シチリアが私兵として軍を提供することができる。
これで実質、シチリアの兵数は2倍になるよ。
バ: なるほど…。

バ: 独立派閥はリカンドス伯が引き継いでくれたな。
兄: 首謀者が替わっても参加者は増えず、か…。
独立派閥は決起しないほうがいいと思う。
トラセシア公が率いる王権低下の派閥なら、戦争になっても勝てると思うけど…。

――1320年9月22日、皇帝ケールはトラセシア公が差し出した王権低下の要求を拒絶。
59年前にシチリアが臣従して以来、初めての内戦が始まった。
――第3章へ続く――